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株式会社ブレーンセンター
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沿革
会社概要
沿革
文化活動
会社概要
1975年10月
大阪市北区空心町のビルの1室でブレーンセンター創業。稲田紀男(現代表)と清水信夫(現「
マイ奈良
」編集長)の2人によるスタートだった。
1976年10月
編集業務を開始。
1977年1月
月刊「
マイ奈良
」創刊。地域社会のあり方を模索する独創的なコミュニティー誌で、現在、タウン誌として全国最大規模の発行部数を誇る。
1978年9月
「公開対話セミナー」開始。行政、財界、学術・文化の分野で日本を代表する知識人による対話セミナーとして、計220回、500名の講師をコーディネート。
1978年10月
企業PR事業、SP事業を開始。CI研究に着手。
1979年10月
資本金300万円で法人設立。
2大取次(東販、日販)と取引開始。出版社としての基盤を確立した。
1979年12月
新卒採用PR事業を開始。
1981年6月
映像事業を開始。
1981年10月
「
なにわ塾叢書
」刊行開始。関西の文化再生と啓蒙をめざす大阪府との共同事業で、2002年までに全83巻を刊行。
1982年3月
テレビ大阪「関西ビジネス最前線」制作参加。関西経済の核心に迫る人とビジネスのドキュメントとして、関西のトップ企業の代表50人を集める。
1982年7月
CI事業を本格的に開始。
1982年11月
日本映画講座開始。日本映画を再発見するために、大島渚氏を顧問として、名作の上映と第一線の監督によるセミナーを毎年京都で開催。
この講演録を「
日本映画を読む
」として1987年に発行。
1983年2月
司馬遼太郎、梅樟忠夫、小松左京、木村重信各氏などによる大阪府文化問題懇話会の提言をまとめた「地球時代の大阪文化」発行。
1983年6月
月刊「ペンギンクエスチョン」創刊(現代企画室発行)にともない関西での編集・発行に参加。(現在は休刊)
1984年1月
隣国である韓国・朝鮮のことを知るためのシリーズ「
サラム草書
」刊行開始。
生活、歴史、あそび、音楽など、子どもたちにもわかるように編集。多くの小中学校で副読本として読まれている。
1984年10月
「
韓国・朝鮮人名仮名表記字典
」発行。日本で初めての人名字典として注目される。
1985年11月
若手アーティストの作品展である「アートフロント50」を心斎橋パルコで開催。参加した58人の作家たちの素顔を描いた写真集「
西風のコロンブスたち
」を同時発行。
1986年1月
IR事業を開始。英文などの翻訳サービスを本格化。
1986年7月
自然の中で体験する「但馬学習農園」(兵庫県)開設にあたり企画参加。
1987年12月
国際花と緑の博覧会「花博写真美術館」開館にあたり企画参加。
ビジュアルデータベースという写真の新たな可能性を見つめるもので、コンセプト提案から運営まで参加。(1990年4月開館)
1988年10月
東京支社を開設。(現・東京本部)
1990年5月
日本を代表する写真家・東松照明氏が10数年にわたり撮り続けた作品集「
さくら・桜・サクラ
」発行。同時に梅田ロフトでの作品展を皮切りに全国巡回展開催。
1991年5月
世界的な美術家、新宮晋氏の日本初の作品集「
Shingu自然のリズム
」刊行。
新宮晋氏の総合設計による本社ビルを大阪市北区天満で着工
。
1991年9月
写真専門のギャラリー「ブレーンセンターギャラリー」を大阪駅前第3ビルにオープン。
2000年4月まで、新進気鋭の写真家の作品を展示。
1992年4月
本社ビル「ブレーンセンター 風の万華鏡」竣工
。
機構改革にともない大阪本部・東京本部の2本部制とする。
1993年1月
前年6月にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された地球環境サミットでの「アジェンダ21」採択を受け、環境PRに関する研究に着手。
1994年4月
マルチメディア研究室設置。
1994年5月
「写真図書館」大阪市北区中津にクランドオープン。(
現在はNPO法人宝塚メディア図書館
)
1995年4月
マルチメディア事業部発足。
1996年4月
インターネット関連プロジェクトが急増している状況を受けて、マルチメディア表現のための大学院講座・工房・シンクタンク−3つの機能をもつ「
インターメディウムインスティテュート(lMl)
」に参加。
1996年6月
IRに関するコンサルタント業務を本格的に事業化。
1997年1月
稲田紀男(代表)、市民出資による新・映画館「
シネ・ヌーヴォ
」の経営に参加。
1997年4月
マルチメディア事業部に映像事業を移管、映像/マルチメディア事業部として発展的に改組。
1998年4月
環境PR研究室を設置。
1999年7月
環境PR事業を本格的に開始。
2000年5月
環境PRに関するコンサルタント業務を本格的に事業化。
2001年4月
海外PRプロジェクト、海外市場を含めたEコマース・プロジェクトの増加に対応して、英語・中国語などの翻訳体制を強化。
2002年4月
国際CC部を設置し、欧米圏のみならず中国などアジア圏、ロシアなどをも視野に入れたPR展開の体制整備に着手。
2002年12月
企業統治・企業倫理研究室設置。
2003年4月
環境PRとCSR・PRの一体化が進むなか、環境PR事業をCSR・PR事業に組み入れる。
2003年10月
環境PR研究室と企業統治・企業倫理研究室を合体・発展させ、CSR研究室に改組。
CSR・PRに関するコンサルタント業務を本格的に事業化。
2004年4月
「New CC 研究会」を全事業を横断するかたちで組織し、CSR・PR、IR、CI、SP、採用PRと企業ブランディング手法を融合させる企業コミュニケーションの研究に着手。
Wind Kaleidoscope:1992 Brain Center Inc., stainless steel, carbon fiber, glass cloth.
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