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ブレーンセンターの「視点」

揺らぐ義務、問われる主体性COP30・オムニバス・ISSB・SECの最新決定が示す、開示の新しい現実

COP30、EUオムニバスの可決、ISSBによる自然関連開示の方針決定、そして直近の米SECによる気候開示ルール撤回提案。2025年秋以降、サステナビリティ開示をめぐる大きな動きが立て続けに起きています。一見すると「後退局面」に見えますが先進企業は、開示の水準を必ずしも下げてはいません。

コンプライアンスが重要であることは変わりませんが、「義務さえ満たせば十分」という前提は、揺らいでいると言えます。この潮流を開示担当者はどう見極めればよいのでしょうか。そのカギは、域内規制・国際基準・国際交渉という3つの軸の動きを重ねて読むことにあると考えています。

H2 COP30が宣言したこと

2025年11月、ブラジルで開かれたCOP30は、パリ協定の採択からちょうど10年の節目にあたる会議でした。最終成果は、「グローバル・ムチラオ決定」(カバー決定)と各議題の個別決定を合わせた「ベレン政治パッケージ」です。ムチラオとは、共通の目標に向けた人々の大規模な共同作業を意味します。合意文書をつくる交渉の時代は終わり、約束したことを実際の行動へ移す「実装フェーズ」に入ったというメッセージを発していました。

もう一つの特徴は、気候と自然を切り離さずに扱う姿勢が前面に出たことです。COP30は事実上の「ネイチャーCOP」と呼ばれました。気候と自然を一体でとらえる「ネクサス(連関)」が、会議の通奏低音となっています。

注目すべきは、グローバル・ムチラオ決定の「生物多様性枠組(GBF)との相乗効果」です。

また、企業や自治体など非国家アクターの自主的行動を集めるアクション・アジェンダでは、成果を報告したイニシアチブが前年比で6倍に拡大しました。この事実から、世界は企業に対し、制度の義務を待つのではなく、自発的に実装し、その状況を開示することを求め始めていることが窺えます。

オムニバスの背景にある戦略

EUのオムニバスは、その流れに逆行するように見えた動きですが、これを「後退」と読むと本質を見誤ります。背景には、欧州の競争力を立て直すという一貫した戦略があります。

起点は2024年9月、ECB前総裁マリオ・ドラギ氏がまとめた報告書「欧州の競争力の未来」――いわゆるドラギレポートです。同レポートは過度な規制負担が企業の革新力を削いでいると警鐘を鳴らしました。これを受けたEU首脳のブダペスト宣言(2024年11月)が「競争力の復活」を最優先課題に掲げ、2025年1月の「競争力コンパス」が簡素化を具体的な指針に据えました。オムニバスは、この一連の流れの帰結として2025年2月に登場したのです。

CSRD(企業サステナビリティ報告指令)やEUタクソノミーの対象から約8割の企業が外れる方向となり、報告データ項目も削られました。欧州委員会は60億ユーロを超える企業負担の軽減を見込んでいます。2025年12月に欧州議会本会議で採択され、報告義務の対象から外れる企業が一気に増えることになりました。

ところが、義務の対象外となった欧州の先進企業の多くが、開示の水準を下げなかったことは、見落としてはならない重要な事実だと思います。理由は規制ではなく市場にありました。投資家、大口顧客、サプライチェーン上の取引先が、義務の有無とは無関係にサステナビリティ・データを求め続けているからです。実際、欧州中央銀行は適用範囲の縮小が気候関連リスクの評価能力を弱めることへの懸念を表明しています。

同じ流れは、大西洋の反対側にも見て取ることができます。米SECは2026年5月、2024年に採択した気候開示ルールを全面撤回する提案を公表しました。義務的開示の見直しは、欧州だけの現象ではありません。ただし、欧州と米国の揺らぎ方は同じではありません。欧州は簡素化の中でもダブルマテリアリティという基本原則を維持し、米国はシングルマテリアリティの伝統的な立場をとっています。もっとも、ISSBと欧州基準の相互運用性を高める作業が進んでおり、両者の関係は今後も予断を許しません。

規制の緩和は「もう開示しなくてよい」という免除ではなく、むしろ開示を続ける企業と下げる企業の差がはっきり見えるようになる――つまり「自主的に差別化できる機会」だと捉えるべきなのです。

ISSBの最新決定

3つ目の動きが、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)による自然関連開示の方針決定です。ここはニュアンスを正確に押さえておきたいと思います。報道では「独立した自然基準の見送り」と伝えられることが多いですが、実態は「やめた」のではなく「進め方を変えた」と読むのが正確です。

ISSBは2026年4月の理事会で、自然関連開示について、独立した一本の新基準ではなく、既存のIFRS S1を補完する「IFRS実務記述書」の形式で開発を進める方針を固めました。重要なのは、この実務記述書がTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)のフレームワークをベースに策定されること、そして2026年10月の生物多様性条約COP17までに公開草案を公表する目標が掲げられていることです。TNFD側も、自前の追加ガイダンス開発をいったん停止し、ISSBの作業を支援する側に回ると表明しています。自然開示の検討は止まっていません。むしろ、国際標準づくりに向けて着実に前へ進んでいます。

3つの動きが指し示す、開示の方向性

ここで3つの軸の動きを重ねてみると、域内規制の軸では、欧州のオムニバスと米SECの撤回提案が同時に進み、義務的開示が揺らいでいる――しかし欧州では「規制を緩めても先進企業は動じない」という現実が見えてきます。国際基準の軸では、ISSBが「一律に強制はしない」と決めました。また国際交渉の軸では、COP30が企業に「実装せよ」と求めました。

一見ばらばらに見えるこれらの動きは、開示をめぐるルールが「義務だから出す/義務でないから出さない」という二択から、「出すか、出さない理由を説明するか」という構図へ移りつつあるということを示していると感じます。つまり「コンプライ・オア・エクスプレイン(遵守せよ、さもなくば説明せよ)」の論理が、義務開示の枠を超えて、任意開示の領域にまで静かに広がっていると言えるのではないでしょうか。

海外で義務開示が揺らぐ一方、日本では2027年3月期からSSBJ基準の段階適用が始まる。世界の動きと逆方向に、法定開示が前進します。ですが揺らぐのも前進するのも、突き詰めれば同じ問いに帰着します――投資家・取引先・社会は、自社のどの情報を、なぜ求めているのか。この問いに自社の言葉で答える主体性こそが、義務の有無にかかわらず開示の中核になります。

この問いは、日本企業の現場で、別の形で現れています――経営層との対話の場面です。経営層にサステナビリティ推進について説明すると、経営層から「それ、今やらないといけないのか」という優先順位の問いが返ってきます。その際、担当者がよりどころにしてきたのが開示ルールという外圧による説明でした。海外の規制が揺らいでいるいま、この説明がしづらくなっています。一方、国内ではSSBJによる法定開示が始まることで、ともすれば「義務に対応しておけば十分」という受動的な構えが経営層に生まれかねない側面も想定されます。

今、サステナビリティ担当者に求められている視点や姿勢は何でしょうか。それは、自社の事業文脈に即して、何が自社ならではのサステナビリティかを構想し直す視点です。「なぜ、やらなければならないのか」ではなく、「どうすれば、長期的な勝ち筋になるのか」という視点で、経営層に仮説を提示し経営層とともに練り続ける姿勢が求められています。そして、経営層とともに、投資家を含むステークホルダーとの対話を通じてサステナビリティ戦略を磨き、アップデートしていくこと――そうした主体的な姿勢が、義務の有無を超えた、企業固有のサステナビリティの背骨になっていきます。

この変化を踏まえ、3つの軸の動きそれぞれから、開示担当者がいま向き合うべき論点を整理します。

論点1:域内規制の軸からー「開示しない理由」を説明する責任

域内規制が揺らぐいま、「なぜ自社は開示していないのか」を投資家に対して説明する必要が生じます。欧州の事例が示すとおり、開示しない企業は、開示する企業との対比で、その理由を問われます。

論点2:国際基準の軸からーTNFD取り組みと、相互運用の動向監視

ISSBはTNFDをベースに自然関連の実務記述書を開発すると明言しました。これによりTNFD開示は、将来の国際基準の「下書き」という位置づけに変わりました。SSBJ基準においても、いずれ自然関連情報の開示が求められる可能性が高い。「任意だから様子見」という判断の合理性は、急速に薄れています。

もう一つは、ISSBと欧州基準の相互運用性をめぐる動向です。ダブルマテリアリティとシングルマテリアリティの違いがどこまで収束していくか、気候開示でIFRS S2とESRSがどう接続していくか。基準策定の動向を、自社の取り組み判断の外側にある「環境変数」として継続的に監視する姿勢が、今後ますます重要になります。

論点3:国際交渉の軸からー移行計画に「自然」を組み込む圧力

グローバル・ムチラオ決定は「移行計画の整合」に言及しました。気候と自然を一体で扱うネイチャーCOPの流れを踏まえれば、今後の移行計画は気候だけを対象とするものでは不十分になっていきます。統合報告書や有価証券報告書の移行計画の記述に、自然関連のリスクと機会をどう位置づけるか。次の開示サイクルから、具体的に問われ始めるテーマです。

ブレーンセンターの考え方とご支援

規制の変化を「開示水準を下げる理由」にするのか、「自社の考えを示す機会」にするのか。ブレーンセンターは、この分岐点に立つ担当者の方々とともに、次の3つのテーマで考え、動くお手伝いをしています。

1. 動向を追い続け、一緒に考える

SSBJ基準の段階適用、ISSBの自然関連開示の動向、COP17など、追うべき動きは次々と生まれます。「Angle」はその変化を担当者の目線で読み解く情報発信となりますので是非継続的にご覧ください。また、自社の開示テーマを対話形式で整理するワークショップも随時ご提供しています。まずはお気軽にご相談ください。

2. 「何を・なぜ開示するか」を経営と一緒に考える

「義務だからやる」という説明が通じにくくなったいま、担当者が経営層を動かすには、自社の事業と結びついた「自分たちならではの理由」が必要です。ブレーンセンターは、マテリアリティの整理から開示ロードマップの策定まで、担当者が経営層と対話しながら進めていけるよう、伴走型でサポートします。

3. 自社らしい開示の「伝え方」をつくる

開示基準への対応だけでは、企業の個性は伝わりません。重要なのは、「何を目指し、そのために何に取り組むのか」を、自社らしい言葉で語ることです。ブレーンセンターは、30年以上にわたる企業コミュニケーション支援の経験を活かし、統合報告書やサステナビリティレポートをはじめ、企業の考え方や価値創造ストーリーを伝える開示づくりをサポートします。

まとめー待つ戦略は、もう通用しない

規制が緩んでも、先進企業は開示の水準を下げませんでした。それは義務への服従ではなく、投資家・市場・社会との信頼関係こそが企業価値を支えるという判断に基づいています。

過渡期がどこに着地するかは、決まっていません。必要なのは性急な答えよりも、適切な問いです。揺るがないものは何か。逆に、見落としてきたものは何か。そして――ルールが整う前に、自社は自社の言葉で何を語れるか。こうした問いをどれだけ的確に立てられるかが、この先の進み方を左右します。その問いに向き合うことこそが、開示担当者にとっての最も確かな備えになります。

(執筆日:2026年6月9日)